
女医の婚活で、いちばんしんどいのはたぶん、
条件を決めることじゃなくて、
自分の気持ちが毎回変わってしまうこと。
昨日は「年収は大事」と思っていたのに、今日は「一緒にご飯を作れる人がいい」と思っている。
会う人が変わるたびに、
自分の“絶対条件”が、静かに書き換わっていく。
私は今でも、そう。
優先順位は、理屈よりも人で変わる
例えば、相談所のプロフィールに、

「料理を作ってもてなすのが好きです。
結婚後はお相手にご飯を食べてもらいたいです。」
と書いてある男性を見ると、
さっきまで考えていた“収入条件”は、どこへやら。

「あれ、別に同じくらい
稼いでなくてもよくない?」
と思ってしまう。
逆に、顔がタイプの写真だと、

「この人なら私、家事多めにしてもいいかも」
「料理苦手だけど、勉強すればなんとかなるかも」
と、突然健気な自分が現れる。
さらに、私よりだいぶ収入が高い人だと、

「じゃあ私の方が仕事をセーブして、家事メインでもいいのかな」
と考え始める。
そのたびに、
“絶対条件”だったはずのものが、
簡単に書き換わる。
つまり私は、条件で選んでいない
冷静に分析すると、
私は条件で選んでいるようで、
実際は、
「この人との未来を想像した時の安心感」
で動いている。
そしてその安心感は、
- 料理を作ってくれるという一文
- 写真の雰囲気
- 収入の数字
みたいな、単発の要素に簡単に揺さぶられる。
理屈で積み上げた優先順位は、
意外と脆い。
本当は、条件じゃなくて「負担」が怖い

私はたぶん、
高収入の人がほしいわけでも、
家事完璧な人がほしいわけでもない。
怖いのは、
自分の方が稼いで
自分の方が家事もして
それでも「仕方ないよね」と笑う未来。
それを自分の人生だと思えないこと。
お金の問題というより、
自分がどう扱われるかの問題。
だから私は、
もしかすると優先順位が揺れるのは、心が先に動くからかもしれない
それでも、
本当に好きになったら、
たぶん私は、条件なんて忘れてしまう。
理屈で並べた優先順位は、
恋の前ではあっさり崩れる。
ただ、
私の感情のセンサーは少しだけ精密で、
言葉の温度や小さな違和感を見逃せない。
だから、
揺れているのは理屈のせいではなく、
まだ心が動いていないだけなのかもしれない。

